【事前資料1】亡き父の不思議な体験

「なんで急にペットヒーリングアート®️が描けるようになったのか」
「もともと、ゆる〜いマンガ調が得意だったのに、なんで急にリアルな作風に走ったのか」
「ペットヒーリングアート®️って、そもそも何だ」

などなどの疑問について、エッセイマンガにまとめました。よろしければごらんくださいね。

私の亡き父にまつわる、すこし不思議な体験談をお話します

今から十数年前。「がん末期、余命三ヶ月」と診断された父。

昭和初期に生まれた父は痛みを我慢する人でした。入院中はナースコールも絶対押さないので、医療従事者も困っていました。

また、治療法の選択は、父は私たち家族に丸投げでした。

主治医から薦められたのは「放射線療法」。優先順位は最初に脳、次に脊髄でした。

放射線療法の前日の夜、私たちの前に姿なき声はあらわれて

(当時は)面会時間が終わると病院からは外へ出されるので、父の夜中の様子は家族であっても分かりません。

「背中?そんなバカな」私たち家族は半信半疑ながら、翌朝、父の検査に病院へ付き添うと…

放射線技師の先生からの診察は、なんと【背中からやりましょう】でした。

何故ですか???と先生にお聞きすると…

「背中が痛むと夜中に眠れません。すると体力を消耗します。最初に背中に放射して、治療のためにしっかりと眠りましょう」

私たちは声も出せないほど、本当に本当に驚きました。

姿なき声に「お前はいったい何者だ?」

問いつめると姿なき声は、本人しか知りえない個人情報を詳しく教えてくれました。父からも、祖父に関するまったく同じ個人情報が語られました。

その姿なき声は紛れもなく、数十年以上も前に亡くなった祖父だと私たちは確信したのです。

こうして父の介護に少し奇妙な連携が始まりました。

もともとは父が素直にナースコールを押してさえくれれば、こんなに回りくどいことはせずに済んだのですが…。

そして主治医の宣告通り、父は約3か月後にこの世を去り、亡き祖父の声は聴こえなくなりました。この体験は、私のこころに強烈に残りました。

肉体は亡くなっても「魂は在る。愛の絆は消えない」と気づいた

人って不思議なもので、自分が常識をくつがえされるような強烈な体験をすると「こ、これって本当だよね?」と信じざるを得なくなるんですよね。

霊感などない!科学がすべてだ!と、猜疑心が強かった私にとって、根本となった価値観を変えるきっかけとなった出来事でした。

しかし右も左も分からない未知の世界。友人知人に聞いたり、SNSなどの情報を頼りに、レイキの師匠(元都立高校の教員、理系)に出会いました。

そこで初めて私は「宇宙的な現実世界のからくり(仕組み)」を知りました。いたってシンプルで、知ってしまえば納得する事実ばかりでした。

また、レイキの師匠やいろいろな人に聞いたのですが、亡き祖父の経験はかなり珍しかったそうです。

顕在意識よりも、広大で深い潜在意識の世界

私たちの意識を氷山にたとえると、こんな感じです。人間は記憶の塊のようなもの。感情は常にセットなので、生命が誕生したビッグバンにまでさかのぼると、膨大なデータになります。

人生の流れを滞らせているのは「私にはできない」「無理」「難しい」といった思考の制限や思い込みなのですが…

ゴミは定期的に捨てる日があるけど、心のゴミの方は自分で意識しないと手放せない。

私は自分が大嫌いだったので、心のゴミがいっぱいありました。

見ない感じない気づかないフリをずっとしていて。

罪悪感、劣等感、不安に恐怖、比較する癖、孤独感、ないない思考、本当にいろいろありました。

ヒーリングをするようになり、「最初に癒したのは、自分自身」

それらを手放して、感謝に変えていく。玉ねぎの薄皮を剥ぐように。少しずつ、少しずつ。

たくさん泣いたし、たくさんの気づきがありました(今もまだ進行中)。

そうやって、人としての器(愛)の厚みを増して、広げて、深めていきました。

こうやって私は、ペットヒーリングアートよりも先に「エネルギーで癒す力」が身につきました。

スピリチュアルと書くと先入観が生まれやすいけど、突き詰めれば「本質を生きる」「本当の自分を生きる」という、人生観そのものにつながります。

また、いつも自分自身がご機嫌でしあわせだと、周囲にもやさしく接することができるし、しあわせをお裾分けできる。

今では、あの時の自分が勇気を出して行動して、本当に良かったな、と思っています。

続きはこちらをごらんください。

【事前資料2】ペットヒーリングアート®️誕生へ

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